08日 11月 2018
 犬村辰敏は陸軍兵営の外に居を構えている。  これは別に犬村に限ったことではなく、憲兵の軍事警察という性質上、他の軍人と寝食を共にすべきではないと判断される者もいるというだけの話だ。  しかし居を構えると言っても大した家に住んでいる訳ではない。ただの築十年越えの木造住宅だ。...
08日 11月 2018
 ちりん、ちりりん。  鈴の音が聞こえた気がして犬村は目を開いた。  目の前に広がったのは暗闇。しかし、全く光がない訳ではない。見上げれば空を覆い隠すように伸びる枝葉の隙間から星が覗いている。身じろぎをすると足元から草を踏む音が聞こえてきた。  どうやらここは森の中のようだ。...
08日 11月 2018
 犬村辰敏は真面目な男である。真面目すぎる、生真面目であると言い換えてもいい。所属する憲兵隊の性格上、そういう人材が多いことは間違いないのだが、それでも群を抜いて「真面目」であると言わざるを得ない。そんな男である。  だからこそ犬村の上司、箒木(はばきぎ)は頭を悩ませていた。...
08日 11月 2018
 ある明け方。遠く、汽笛の音が響いている。人気のない道の塀の上に、一人の青年が立っている。犬村は青年に歩み寄り、彼に声をかけた。 「シュテン、」  青年――シュテンは犬村を振り返った。そのかんばせはひどく美しく、眼差しはどこまでも冷たい。 「そっちはどう……ですか。何か進捗は……」...
08日 11月 2018
「いいかいちすけ。人間ってのは歯磨きをしないと虫歯になるんだ」 「虫歯」 「お前が今なってる歯が痛くなるそれのことだよ」  一助は頬を押さえながら、裏島の話を聞いていた。 「それなら数日で治るぞ」 「そりゃお前人間じゃないからな」  人間の姿取ってるだけで、と裏島は付け加える。...
08日 11月 2018
 時刻は午前二時頃。  洋灯の光が壁に大きな影を作り出している。がりがりとペン先が紙の表面を走っていく。自室で机に向かう犬村の背中に、唐突に一人の少女がじゃれついた。 「たつとし」 「何の用だ、シュテン」  振り返りもせず犬村は問う。シュテンはくすりと笑った。 「不機嫌」 「ああ、不機嫌だよ。帰ってくれ」...