お祭りの話

 ちりん、ちりりん。

 鈴の音が聞こえた気がして犬村は目を開いた。

 目の前に広がったのは暗闇。しかし、全く光がない訳ではない。見上げれば空を覆い隠すように伸びる枝葉の隙間から星が覗いている。身じろぎをすると足元から草を踏む音が聞こえてきた。

 どうやらここは森の中のようだ。

 何故自分はこんなところにいるのか。犬村は何度かまばたきをした後、辺りを見回しながら考え込んだ。

 ついさっきまで自分は夜の街を歩いていたはずだ。仕事終わりに軽く飲んだ後、家に帰る途中で近道をしようと細い道に入って――駄目だ、そこから先が思い出せない。

 自分がいたのはかなりの街中だったはずだが、あの辺りにこんな森はあっただろうか。急に不安になってきた犬村はもう一度辺りを見回した。しかし、自分が歩いてきたはずの背後にはどう見ても道と呼べるものは無く、ただ前方にだけ獣道が続いていた。

 とにかくいつまでもここで立ち止まっているわけにもいかないだろう。道があるのだからきっとどこかには出るはずだ。犬村は意を決して、前方へと歩き出した。

「暑い……」

 歩いても歩いても明かりは見えてこない。むっと立ち込める草いきれに纏わりつかれ、犬村の首筋には汗が浮かんでいた。犬村はシャツのボタンを数個外し、ぱたぱたと扇ぐ。

 こんな森の中で肌を出したら虫に刺されるかもしれない。そうやってふと思い、扇ぐ手を止めようとしたが、その時あることに気付いて犬村は立ち止まった。

「虫の声がしない……?」

 立ち止まって耳をすませてみるが、やはり虫の声は一切聞こえない。そんなはずはないのだ。だって今は晩夏で、こんな森の中なら普通は虫の大合唱が聞こえてきているはずだ。

 もしかしたら自分はとんでもない場所に来てしまったのかもしれない。

 犬村はさらに恐ろしくなって、ぶるりと身を震わせた。歩調を早め、前へ前へと進んでいく。歩いても歩いても聞こえてくるのは自分の足音と息遣いだけで、犬村はどんどん焦っていった。

 怖い、怖い。

 まるで子供のような、迷子になってしまった幼子のような感情が犬村の内側から湧き上がってくる。大の大人だというのに情けない。そう頭では考えていても、感情はついていかずに、いつの間にか犬村は何かに追われるかのように走り出していた。

 ざくざくと草を踏んで獣道を駆けていく。息はだんだん荒くなっていく。星は相変わらず静かに輝いているし、妙に大きな月はまるでこちらを睨みつけているようだ。

 そうして走っていくと、やがて前方にかすかな光が見えてきた。近付いていくと、どうやらそれは並ぶ提灯の光らしいことが分かった。がやがやと賑やかな喧騒や、祭囃子が聞こえてくることを見るに、どうやらそこではお祭りが行われているらしかった。

 犬村は走る速度を落として、出店のうちの一つに歩み寄っていった。

「なあ、ちょっといいか」

「ん? 何だい、あんちゃん」

 ここがどこなのか尋ねようと何気なくかけた言葉に、店主は振り返る。しかしその顔を見て、犬村はぎょっと顔をこわばらせた。

「アヤカシ……!?」

 しかし、ぎょっとしたのは犬村だけではなかった。声をかけられた店主のアヤカシ――トカゲのような顔をした彼も振り返ったまま硬直しているようだった。

「なんてこった。あんちゃん、人間かい!?」

 店主は驚愕に口をあんぐりと開けた後、犬村の背を押してその場から遠ざけようとした。

「え、な、何を」

「悪いこた言わねえ! 早く逃げなあんちゃん。じゃないとじきに――」

「なんだぁ? 人間の匂いがするぞ」

 店の前から――正確には店の上から降ってきた声に犬村はそちらを見上げる。すると巨大な手がぬっと伸びてきて、抵抗する間もなく、犬村の首の後ろを掴み上げてしまった。

「ここはアヤカシの祭りだぜ? 人間は立ち入り禁止なんだがな」

 まるで猫のようにぶらんとぶら下げられて、犬村はようやくその手の正体を見た。

 それは三メートルはありそうな巨大な鬼だった。肌は真っ赤で牙は鋭く、額には立派な角が生えている。まさにおとぎ話に出てくる鬼の姿そのままだった。

「こんな簡単な決まりも守れない奴は、鬼に取って喰われても文句は言えないよなあ?」

 突然の出来事に反応できないでいる犬村を、鬼は思いきり持ち上げて大きく口を開けた。

 ――丸呑みにされる!

 しかし咄嗟に目をつぶった犬村の耳に聞こえてきたのは、その場に似つかわしくないほど涼やかな声だった。

「おい」

「あ?」

「私の連れに何か用か」

 目を開けて下を見ると、そこに立っていたのは藍色の浴衣を着た黒髪の――

「シュテン……!」

「げっ、大江の童子様!」

 赤鬼は大げさに顔を歪めると、しゅるしゅると人間ほどの背丈にまで縮み、犬村を地面に下ろした。少々乱暴に地面に落とされた犬村が見たのは、傲慢そうに笑っていた赤鬼がシュテンに恭しく頭を垂れている図だった。

「ど、童子様のお連れ様でしたか……、これはとんだ失礼を」

 顔を上げながら手もみする赤鬼を、シュテンはちらりと見てから、顎をしゃくった。

「去ね」

「は、はい!」

 転がるように逃げ去っていく赤鬼を呆然と眺めてから、犬村はハッと気づいてシュテンに顔を向けた。

「シュテン、その、助かった」

 立ち上がりながらそう言うが、シュテンは冷たい目で犬村を見上げるばかりだ。犬村は慌てて言葉を繋いだ。

「ここは一体どこなんだ? さっきの奴はアヤカシの祭りがどうとかって……」

 シュテンはその問いには答えようとせず、無表情のまま、じっと犬村を見つめた。祭りのために思い思いに着飾ったアヤカシたちが、二人を取り囲んで様子を窺っている。シュテンの金色の瞳に真正面から見つめられ、蛇に睨まれた蛙のような状態で犬村は硬直していた。

 やがてシュテンはニイと目を細めて笑うと、犬村の腕に腕を絡めて歩き出した。

「来い、祭りだ」

「えっ」

 有無を言わせず歩き出したシュテンに引きずられるようにして、犬村も歩き出す。シュテンの髪飾りにつけられた鈴がちりんと鳴る。二人を取り囲んでいたアヤカシたちは慌てて犬村たちに道を譲った。

「ち、ちょっと待て、シュテン!」

 無駄とは思うものの一応抗議の声を上げてみる。しかしやはりシュテンは犬村のことなど気にしていないようで、まるで恋人のように犬村の腕にしなだれかかっている。

 ――恋人のように?

 自分で思い至った思考に自分で動揺し、犬村は赤面した。咄嗟にシュテンから離れようとしたが彼女が離してくれるはずもない。周りのアヤカシたちに物珍しそうに見つめられ、ますます顔に熱が集まっていく。

「シュテン、頼む、後生だからやめてくれ!」

 身をよじって逃れようとするも、当然シュテンが逃がしてくれるはずがない。犬村は泣きそうな気分になりながら、されるがままに彼女に引きずられていった。

 そうやって歩いていったシュテンが立ち止まったのは、とあるお面の出店の前だった。シュテンはそこに犬村を置き去りにすると、慣れた様子で店主に声をかけ、半ば強奪するようにして一つの面を手に入れてきた。

「つけろ」

「へ?」

 シュテンが差し出したのは、目元だけを覆う形の可愛らしい犬のお面だった。犬村は手渡されたそれをぼんやりと見つめた後、窺うようにシュテンの方を見た。シュテンは不機嫌そうに繰り返した。

「つけろと言った」

「は、はい……」

 言われるがままに、お面を顔につけて頭の後ろで紐を結ぶ。目元の穴は大きく、それほど視界は狭くならなかった。

 シュテンは一つ頷くと、再び犬村の腕を取って歩き出した。犬村はもうどうにでもなれという気分でそれに従った。

 面をつけたからか、周囲のアヤカシからの視線は先ほどよりは突き刺さらないようになった。これをつけていることで、人間だと言うことを誤魔化しているのかもしれない。そう思い至り、しかしシュテンがそんな気遣いをするはずがないと、すぐに犬村は思い直した。

 それにしても奇妙な祭りだ。最初はアヤカシたちの神でも祀った祭りなのかと思ったが、どうやらそういった様子もない。出店も昔ながらのものもあれば、今風のガスや炭を使った調理器具もちらほら見受けられる。

 もしかしたらこの祭りは、アヤカシたちが人間の祭りを真似て行っているのかもしれない。楽しそうに足元を駆け抜けていくアヤカシの子供たちを見送りながらそんなことを考えていると、傍らのシュテンが急に立ち止まり、犬村の袖を引いてきた。

「おい」

 びくりと肩を震わせて立ち止まる。おそるおそるシュテンを見下ろすと、シュテンは犬村に片手を突き出していた。

「財布」

 ――あっ、俺、財布なんだ。

 恋人役とかそういうものじゃあないんだ。と、なんだかホッとしたような気分で犬村はシュテンに財布を差し出した。中身を使い切られるような気もするが、それも仕方ないだろう。断ってもどうせ使い込まれるだろうし、先程の礼だと思えば安いものだ。

 諦めを込めた目で駆け去っていくシュテンを見送る。彼女が小走りで近寄っていったのは、どうやらリンゴ飴の屋台のようだった。

 そういえば以前も飴細工を食べていたようだし、もしかしたら飴が好きなのかもしれない。普段、脅かされる時に飴玉でも常備しておけば被害が軽減できるかもしれない。

 そんなことを考えながら犬村もその出店に歩み寄っていくと、ちょうどシュテンも振り返ってこちらに歩いてくるところだった。シュテンの手にはリンゴ飴が二つ握られている。

 意外だ。こいつのことだから出店にあるリンゴ飴を全て食べ尽くす勢いで買うと思っていたが、たった二つでいいのか。そんな疑問を抱きながらシュテンに視線を向けると、シュテンは無表情のまま犬村にリンゴ飴の内の一本を突き出してきた。

「え?」

 咄嗟に受け取ってしまったが、全く意図がつかめない。荷物持ちだろうか。困惑しながら手の中のリンゴ飴とシュテンの顔を見比べていると、シュテンは口の端を吊り上げて笑ってみせた。

「祭りだ。お前も楽しめ」

「えっ」

「行くぞ」

 財布を犬村の手に返すと、有無を言わせずシュテンは犬村の腕を掴んで歩き出した。つんのめるようにして犬村もその後を追う。

 歩きながらシュテンはリンゴ飴に口をつける。気のせいかその口はいつもよりも左右に裂けているように見え、唇の隙間からはまるで肉食獣のような鋭い牙が覗いていた。

 バリ、と獰猛な音を立てて、リンゴ飴が噛み砕かれ、シュテンの口の中に消えていく。あっという間に割り箸だけとなった飴を見て、シュテンは心なしか悲しそうに言った。

「……足りない」

 ――だろうな。

 予想通りの展開に犬村は渋い顔をする。割り箸をがりがりと噛みながらシュテンは辺りを見回し、一つの屋台へと犬村を引きずっていった。『おでん』と書かれたその屋台ののれんをくぐると、シュテンは犬村の手から財布を強奪した。

「おい」

「はいはい何でしょ……ひ、ひええ! 童子様!」

「これで買えるだけ飯を持ってこい」

 シュテンは犬村の財布の中から大ざっぱに紙幣を掴みだすと、机の上に叩きつけた。店主はおそるおそるそれを受け取って数えると、逃げるようにして店の奥へと駆けていった。

 犬村はカウンターに座るシュテンの隣に腰かけると、辺りに貼られたお品書きを見てから首を傾げた。

「……酒はいいのか?」

「今日はいい」

 ムスッとした表情で言い放つシュテンを見て、犬村はぎょっと顔をこわばらせた。何なんだ。今日はやけにシュテンが感情豊かに見えるぞ。

 店主が慌てて運んできたおでんの大根にシュテンは箸を入れて口に運ぶ。黙々と、しかし機嫌よさそうに箸を進めるシュテンに、奇妙なものを見るような視線を向けながらも、犬村は手に持ったままだったリンゴ飴に口をつけた。

「あ、美味しい」

 甘いものがそれほど得意ではない犬村でも食べやすいほどの優しい甘みが口の中に広がる。飴に歯を立てて、もぐもぐと咀嚼する犬村をシュテンは一瞬箸を止めて見た後、すぐに自分も箸を動かし始めた。

 目の前に皿が積み上がり、店主が泣きそうな目になってきたあたりで、シュテンはようやく満足したのか席を立った。犬村もリンゴ飴の棒を捨ててからその後を追う。

 屋台から出ると、シュテンはいつも通りの微笑みを浮かべながら、犬村の腕に腕を絡めてきた。逃げ出したい気分にはなりながらも犬村はされるがままになって一緒に歩いていく。

 辺りにはざわざわと賑やかな声が響き、アヤカシたちが思い思いに祭りを楽しんでいる。その中に溶け込んでいるかのような感覚があって、それでも腕の感触が気になって、犬村はシュテンへと視線を向ける。シュテンは犬村の腕を取って歩きながらもきょろきょろと辺りを見回しており、まるでただの少女のようだ。

 シュテンが無言で立ち止まったのはちょうどその時だった。

 視線の先にあるのは射的だった。コルク銃が並べられたカウンターの奥には、ひな壇のようになった棚に子供が喜びそうな景品が並んでいる。そのうちの一つをシュテンは見ているようだった。

「……欲しいのか?」

 返事は無言の視線だった。無表情に向けられるそれを肯定と受け取った犬村は射的屋に歩み寄ってシュテンに尋ねた。

「どれだ?」

 無言のまま指さされたのは三十センチはありそうなクマのぬいぐるみだった。かなりの大物だ。取るのは難しいだろう。だが――

「分かった、取ろう」

 シュテンのこんな真剣な目はそうそうお目にかかれない。その視線を無視できるほど、犬村は非情でもなかった。

 店主に金を手渡し、コルク銃の弾を受け取る。銃口にコルクを詰めて、側面の金具を引く。犬村はカウンターから銃を差し出すと、最上段のぬいぐるみに狙いを定めた。

 一発目。弾はぬいぐるみの腹に当たったが、ほんの少しその体を後ろにずらすだけで終わってしまった。

 二発目。頭を狙ったコルクの弾は、耳をかすめる位置を飛んでいった。外れだ。

 最後の一発。手持ちの金はもうほとんどない。これで落とさなければ。シュテンの視線を背中に受けながら、犬村は引き金を引いた。軽い音ともに弾が飛んでいく。コルクは見事、ぬいぐるみの額に当たり、バランスを崩したぬいぐるみはそのまま後ろへと落ちていった。

「大当たりー!」

 ベルを鳴らしながらの店主の声に、周囲の客たちもやんやと犬村を褒めてきた。ちょっぴり悔しそうな店主から賞品のぬいぐるみを受け取った犬村は、それをそのままシュテンに手渡した。

 シュテンはそれを無言のまま受け取り、胸の前でぎゅっと抱きしめた。こいつにもこんな可愛い一面があったとは。微笑ましいような、恐ろしいような複雑な気分でシュテンを見つめていると、ふとシュテンは犬村を見上げ、にやりと笑った。

「なんだ、妬いたか」

 言うが早いかシュテンはぬいぐるみをカウンターに置いて、犬村へとぎゅっと抱きついた。思わず頬を引きつらせて硬直する犬村に、シュテンは心底楽しそうな顔で言い放った。

「礼だ」

 

 祭りも盛りが過ぎた頃、シュテンに腕を引かれるまま、犬村は人気のない場所へと連れてこられた。何のためにここに連れてこられたのか分からず、犬村はシュテンに尋ねようと口を開く。しかしその寸前にシュテンは空を見上げたまま言った。

「ここがよく見える」

 つられて夜空を見上げると、ちょうど光の玉がひゅるひゅると打ち上がったところだった。光の玉は空の真ん中まで上がっていくと、大輪の花を咲かせた。遅れて花火の音が聞こえてくる。

 ――そうか。これを見せるためにここに連れてきたのか。

 シュテンにもこうやって催し物を楽しむ心があったのは意外だが、それなりに楽しかったような気もする。犬村は傍らでじっと空を見つめるシュテンを見下ろした。花火の光がシュテンの恐ろしいほど整った横顔を照らし出す。彼女の髪飾りには小さな鈴がぶら下げられている。ふとその額にあるものを見つけて、犬村は目を瞬かせた。

 ――あ、鬼の角だ。

 それは短くて先端が丸かったが確かに鬼の角だった。普段は隠しているであろうそれを出しているということは、もしかして今日はシュテンも息抜きのつもりで来ていたのだろうか。だとしたら悪いことをしたな。

 ほんの少しだけ眉をひそめてシュテンを見つめていると、思いがけずシュテンは犬村の方を振り向いた。

「なんだ」

 無表情のまま見上げてくるシュテンの眼差しに、しどろもどろになりながら犬村は必死に言い訳を考えようとした。

「いやその、あれだ」

 焦った犬村は目を泳がせながら脳みそを回転させ――ふと思いついたことを素直に声に出してみることにした。

「……似合ってるな、その浴衣」

 藍色に朝顔のついた、可愛らしい浴衣。それを褒められたシュテンは驚いたように目を軽く見開き、そうしてからふいと顔を花火へと向けた。

「お前の服は風情がないな」

 シュテンの言うとおり、犬村の着ているのはただの薄汚れた私服だった。祭りに来ると分かっていたなら、もう少しふさわしい格好をしたものを。犬村はそれを後悔しながらも、シュテンと同じように花火へと目を戻した。シュテンは空に向かって目を細めながら言った。

「次は浴衣で、な」

 

 ちりん、ちりりん。

 シュテンの髪飾りの音が響き、犬村は目を開いた。虫の声がリイリイと響いている。見上げれば満天の星空があり、頭の下には地面の感触がある。どうやら自分は倒れているようだ。

 確か自分はシュテンと一緒に花火を見ていたはずだ。状況が把握できず、犬村はそのままぼんやりと倒れ続けた。すると、そんな犬村の視界にぬっとある人物の顔が入ってきた。

「何やってんだ、犬村」

「……上本?」

 地面に仰向けに倒れた犬村の顔を覗きこんできたのは、同僚の上本だった。

「お前が酔いつぶれるなんて珍しいな、っと」

 上本は犬村に肩を貸して立ち上がらせた。犬村はいまだ混乱する頭で状況を把握しようとしていた。

 ――酔いつぶれて?

 そういえば俺は仕事帰りに酒を飲んだんだった。そうか。あれは夢だったのか。考えてみればシュテンにしては優しすぎると思った。

「なんだ夢か……」

 心底安心したという風に胸を撫で下ろす犬村に、上本は怪訝な目を向ける。そうしてから、犬村の倒れていた場所から何かを拾い上げて、犬村に差し出した。

「これお前のか? 随分と可愛いもん衝動買いしたな」

 上本の手の中にあったのは、犬村がつけていたあの可愛らしい犬の面だった。

 言葉を失う犬村を嘲笑うように、どこからか鈴の音がちりんと響いた。